夢見る小学校 を見てきました

6月30日に刈谷まで出向き、うわさの「夢見る小学校」をみてきました!

楽しくなければ学校じゃない 
舞台となるのは、「きのくに子どもの村学園」。なんと全国に5校もあります。
南アルプス、山梨、北九州、長崎、和歌山…愛知はないんだな。これが。
オオタヴィン監督が一年間密着して作成した映画が「夢見る小学校」です。

このきのくに子どもの村学園、徹底的に子ども達が主役の学校。時間割に国語も、算数も社会も理科もない。あるのはプロジェクトときそ(基礎)、高学年は英語。5つのプロジェクトに分かれて総合的な体験学習の中ですべてを学ぶのです。学年もわかれていません。だから当然、難しい事になるとついていけず低学年の子供たちは先生の背中ですやすや眠っていたりします。疲れると廊下のソファに休みに行って寝ちゃう子もいます。せまいソファに何人もの子供たちが折り重なるように集まっていて、それはもう子犬を見るようです。

自分のままでいいんだよ。とばかりに個性を大切にし、先生ではなく、おとながそこには混じっていて、何かを決めるときの1票は、おとなの1票もこどもの1票も同じ重みの1票だという。進行をきめるのも子供たちだから、先生の計画通りにそもそも事ははこばない。運ばなくて当然だからそもそも先生もそれでイラつくことはない。失敗することも含めて学び。

例えば蕎麦をうっていて、水分量を間違えたらベタベタになっちゃった。ここで水と蕎麦の割合計算が実践的に入ってくる。そう、子供たちの嫌いで苦手な割合問題は、実体験をともなって計算が入ってくるから、これは強いよね。必要に迫られてする計算だから自然と身につく。必要と感じる。それも自ら。これができるのが、体験型学習の強みだなぁと感じながら見ていました。

普段から、主体的な学びと、トライ&エラーを推奨している塾長ですが、不思議なことに見ながら自分の中に湧き上がってくる抵抗感に気づいていました。先生をおとなと呼び、先生のひげをぐりぐりしながら話す子ども。まっすぐに座らずに寝転がりながら、足を椅子の上にあげながら話したり作業したりする様子。小学生とはいえ・・・と否定的にみる自分がいました。

意外でした

農業も、テラスや遊具を作る事も、伝統工芸を学ぶこともとても素敵だなと思いながら、本当にこれで中学までに習うべきことが全部網羅されているんだろうか。。。新聞や、テレビも耳障りのいいところを撮影し、編集し、綴ることを身をもって知っているし、都合の悪いところは写さないものだ。
きのくにを卒業し高校へ進学したこの平均順位なども出ていたが、高校の人数は1校だけをみた数字なのか、平均とはどんな定義の平均なんだろうか。この学校が合わなくて辞めた子はこの映画にでてこないんだろうか・・・
小学生だけでいろんな作業をしているが、けがをする子はいないのか、病気になる子はどうなんだろう。こんなにスキンシップが多く、みんなの距離の近いこの学校は、コロナの間成り立ったのだろうか…

疑問が次から次へ湧き出てきていた。

実はエンカレッジ桃花台も休憩したいときは、自分で判断し、待合のソファで休憩していいというルールがある。
コロナになる前には、飲み物もお菓子も用意してあった。そこでお菓子を食べ、あったかいココアを飲みながら友達と話す。そんなことも中学生の大切な時間だと思うから。事務所にも子供たちは好き勝手に入ってきていた。

でも、学校で職員室に何も言わず勝手に入ってくる子供はいない。事務所にはお金もおいてある。ちゃんとけじめをつけたほうがいいという意見が出て、それも一理ある、と今年からは子供たちは自由に事務所にははいってこなくなっている

でもきのくにでは、かつてのエンカレッジ桃花台の事務所と同じく、子供たちは職員室でボードゲームしたり、先生の膝に乗って話していたり自由だった。子供と大人の距離がなんとも近かったんだよね。複雑な思いでそのシーンをみました。

でも、見ていくうちに自分の中に変化が起きていました。
中学校の子供たちが出てきて、話を聞くとその子たちの表情の凜としたさまと、言葉に力を感じました。いわされているのでなく自分の中から発している言葉なんだと伝わりました。課題ででたから取り組むんじゃなく、自分で気づいたからすぐに取り組むんだ。そんな力強さがありました。そこには、定期テストがあるんだよね、それからじゃないと。。。とか、内申点に響くんだよねとかそういう足かせがないからこそできる事ですね

そしてね、思ったんです。子供はちゃんと成長するものなんだって。遊びたいだけ遊んでいても、知識欲はちゃんとあるし、世の中の、地球の不思議に出会ったら探求してしまう生き物なんだ人間は。そして、そこを超えたら自然と大人になっていくんだな。赤ちゃんが時期が来れば誰も教えないのに寝返りを打つように、スパルタで教えなくてもちゃんと周りを観察して、自分も日本の足で立つんだ。そして歩くんだと知るように。

エンカレッジ桃花台でも、さまざまな困難を抱えている子ども達がいます。合理的配慮を受けるとなると、たいていの中学校の先生方は特別扱いできないと抵抗されます。また、合理的配慮の名のもとに甘やかしているんじゃないかと思われることもあります。時には、お母さんさえそう感じる事もあるんです。気持ちはわかります。きっとこの気持ちを私は映画の冒頭体験していたのだと思います。

でも、私はどうしてそれでも、この方法が子供たちのためになってると強く言い切れるのか。それを自分に問うた時に出た答えは一つでした

その子を、その子どもの持つ力を信じているからだ

かっこいい事をいっているつもりはありません。本当にそう信じているのです。この子にはちゃんと力があると

そして、きのくに子どもの村小学校のほりさんも同じじゃないのかなとかってに共感している自分がいました。
77歳まで、車を運転し月曜から金曜まで山梨、北九州、長崎、南アルプス、和歌山を移動し続けて子供たちを見守っている堀理事長。
続ける事は信念がなければできる事ではありません。

小学4年生の女の子が、ほりさんのところに来て

「ここでは、私がわたしのままでいられるんだよ」と言ってくれたんだ、嬉しかったと語るほりさんの笑顔に、子どもを信じる気持ちを感じてまたまた、泣き虫の塾長はウルウルしてしましました。

じぶんのままである事がどうして、普通の学校でできないんでしょう。
今ある現実、常識と思っていること、本当にそうなんだろうか。もっと、本質的であっていいんじゃないか。

漢字の留め、はねにも神経をとがらせ、点数がとれないとなげき、自己評価をさげる子ども達は幸せなんだろうか・・・
考えずにいられませんでした。

わたしも普段から、してもらうのを待つ子供を育てたくないとの思いから自分からしてほしい事を言える環境を塾でも作る事を心がけています。
いくつもの共通点をみつけることができてうれしい思いもありました。

いつか、夢見る小学校も自主上映できるといいなと感じました。
まずは みんなの学校の上映会 8月27日に行います。こちらもぜひ。

お申込みは 勇者アカデミーHPからお願いします

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